音楽の愛と光が人々に幸福をもたらしてくれることを祈って
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みいちゃんとの最後の日々5 光
2011年12月16日 (金) | 編集 |
ちょっと不気味に聞こえるかもしれませんが、火葬に出すまで2日あり、2晩とも私はみいちゃんと寝ていました。
具合悪くなってから一度も寝室で一緒に寝ることがなかったので、ある意味嬉しくもあり・・・。

でも、もう明日でお別れという8日の日はかなり辛かったです。
その日は用事があり、夜9時過ぎに家に戻ったのですが、休んでいるみいちゃんに、「みいちゃんただ今~。帰ってきたよ。ねぇ、寝てばっかりいないで、「遅い!」って文句でも言ってよ」って話しかけていたらまた涙が止まらなくなってしまい、ずっとみいちゃんをお膝にだっこしていました。

最後の夜だったので、みいちゃんにもう一度、家の中を全部見せてあげました。
大好きだった場所は特に念入りに。
(ちょっと気持ち悪い行動ですね。すみません)

布団に入りましたが、電気を消してしまうともう見えなくなってしまうのでなかなか消す勇気が出ませんでした。
夜中になり、さすがに眠くなってきたので意を決してスイッチを切りました。
するとどうでしょう!
なんとみいちゃんが明るく照らされているのです。
あれっ、何だろう、と思って見回してみると、窓から月明かりが入ってきているのです。
それも、みいちゃんの側だけに。
この日は、思い立って昨日とは逆の位置に移動させていました。

RIMG0194.jpg
その時の月ですが、私のバカチョンでは綺麗にとれるはずもなく・・・。
美しさはこんなものではありませんでした。

満月まで2日ありましたが、その月はほぼまん丸で、本当に綺麗でした。
そして、ちょっと雨が降ったのでその周りに霞がかかってなんとも言えず神秘的な雰囲気を醸し出していました。
この部屋で寝たことがなかったので、月がこの方向から射してくることも知りませんでした。

その優しい月明かりを見て、何とも言えない安堵感を覚えました。
「あ~、もう大丈夫だ。
みいちゃんは、この光に照らされてお空に帰っていける。
天使も迎えに来ている」
本当にそう思えたのです。
お陰で私も何かふっきれました。

みいちゃんよかったね。
本当にお迎えがきてるよ。

言葉で表現は難しいのですが、丁度、私の大好きなイラストレーターのミウラナオコさんが描かれていたイラストが、私の心境にぴったりだったのでちょっとリンクさせていただきます。
「満月さん、こんばんわ」

不思議な幸福感に包まれ私も眠りにつきました。
明るい光に照らされたみいちゃんを見守りながら・・・。

そしてこの日の朝早く、みいちゃんの全てを神様にお返ししてきました。

「みいちゃん、いっぱい頑張ってくれて本当にありがとう。
いつもママを癒してくれて本当にありがとう。
みいちゃんに出会えて本当に幸せだった。
いいこだね。
大、大、だ~い好きだよ。
いつかまた会おう!
そっちの世界でも元気で幸せにね♪」

「神様、こんな可愛いみいちゃんを私たちにお預けくださり、楽しく幸せな時間を過ごさせて下さって本当にありがとうございました。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は、17日から25日まで留守にするのと、みいちゃんとの思い出を忘れないうちに残しておきたかったので、一気に書いてしまいました。

CIMG5421.jpg
2009年4月9日 11歳の誕生日

この場をお借りして、皆様にも心から感謝を捧げさせて下さい。
みいちゃんの事を記事にして下さったり、詩を書いて下さったり、いつもコメントで励まして下さったり・・・。
こうして、皆さんの温かいお心に触れ、悲しいとき、寂しいとき、どんなに励みになったか知れません。
本当に救われました。
みいちゃんも、こんなに想っていただいてとっても幸せに感じていると思います。
本当に本当にありがとうございました。

愛を込めて。
みいちゃん、Megi。

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虹色のみいちゃん!
2011年12月15日 (木) | 編集 |
昨日、夢にでも出てきて!って書いたら、なんと今朝方、主人の夢に出てきてくれたそうです!
みいちゃんの口元は虹色になっていて、主人の部屋にいて笑っていたそうです。

わ~い、わ~い (^^)/
超嬉しい♪

やっぱり元気なんだ。

そしてその後2度寝した時も、ずっとみいちゃんは夢に出てきてたみたいで、みいちゃん、その時はピアノを弾いていたとか・・・。
鍵盤の下から前足を伸ばして、曲名は分からないのですが、子供たちがよく二人で弾くあの楽しい曲を弾いていたそうです。
可愛い♪
天国でピアニスト?

あ~、でもホント嬉しかった。

CIMG5286.jpg
古い写真を撮り直したのでアレですが・・・。
みいちゃん2歳くらいです。
パパの伴奏してあげてね~♪

みいちゃんとの最後の日々4 祝福
2011年12月15日 (木) | 編集 |
忘れたくないと思い書き始めたあの日の出来事ですが、すでに4回目になってしまいました・・・。

主人と一頻りみいちゃんをなでた後、さすがに二人とも疲れが出てきてしまい、少し睡眠を取りました。
朝、普通に生活が始まって、普通に主人は仕事に行って・・・。
でも、普通じゃないことが一つだけあった。

もう、朝ごはんをみいちゃんにあげられない。
もちろん、ちいこやももちゃんと一緒にキッチンにも来ない。
もう、お薬をみいちゃんにあげる必要もない。
なでなでしても、ボリュームマックスのごろごろも聞けない。

今まで、やれ病院だ、薬だ、ご飯だ、なんだかんだとみいちゃん中心に我が家の生活は回っていましたから、本当はみいちゃん最優先してた分、他にやらなければならないことはたくさんあったんだけど、でも、もう何にもすることがなくなったような虚脱感。

主人を送り出した後、みいちゃんの傍に座っていると、急に寂しさがぐ~っとこみ上げてきて・・・。
みいちゃんを見てると、ただそこで寝ているだけみたいに見えました。
今にも目をさまして、「ワニャ~」となき出しそうでした。

気を取り直して、みいちゃんが神様に導かれて光の国にきちんと帰れるようお祈りをしました。

DSC_0044.jpg
2011年11月24日 たまたま失敗した写真ですが、こんな感じで出て行くのかな・・・?

昨晩から水分が漏れていましたが、ふと見ると、少しですがまだおしりの辺りが濡れていました。
多少の匂いがあったのと、ジェル状の薬を上げていたせいで口の周りにちょっと茶色いシミがついていたので、これでは、お空に帰ってみいちゃんが恥ずかしい思いをするかもしれないと思い、思い立ってみいちゃんを綺麗に拭いてあげることにしました。
花の香りの石鹸をタオルにつけ、「みいちゃん、きれきれするよ~。天国に綺麗になって帰ろうね~」とか話しかけながら体全部を拭いてあげていたら、なんだかだんだん気持ちが落ち着いてきました。
みいちゃんを綺麗にしていることが、楽しくさえありました。
ドライヤーをかけ、ブラッシングしたら、美人のみいちゃんが復活しました。
「うん、これでどこに行っても大丈夫!」

CIMG4562.jpg
2009年1月18日

これ、お昼頃していたのですが、その時は実はちょっと死後硬直があり、手足はがちがちで棒のように硬くなっていました。
帰ってきた主人が、「まだ魂が入っているんだね」と言っていましたが私もそう思っていました。
目を見ると、まだそこにいるような感じがしていましたから。

その後、みいちゃんをベージュのバスタオルでくるみ、可愛いピンクのタオルをかけて、静かな部屋で休ませました。
寂しかったですけど、そこに行くとまだみいちゃんが居てくれる・・・。
それは、苦しも痛くもないみいちゃんなので、私も何故か気持ちは安らいでいました。
硬直も夜までには取れ、主人は、「さすがみいちゃん、悟ってる!もう、魂出たんだね」って言ってました。
それでも、その日はまだその辺にいるなぁという感じはずっとしてました。

続く・・・。


みいちゃんとの最後の日々3 感謝
2011年12月15日 (木) | 編集 |
非常に辛い一夜でしたが、でもこうして私はみいちゃんを無事に看取ることができたのでした。
本当によかった。

私の祈りは・・・。
もちろん、みいちゃんが長生きしてくれることでしたが、すごく具合が悪い時に、執着を断って全てをお任せしようと決めてからは、みいちゃんが穏やかに残りの日々を過ごせること、そして、寂しい思いをすることがないように必ず看取らせて下さい、と神様にお願いしていました。

これは結果論ではありますが、もし前日にK先生があそこまで強く厳しい選択を私たちに迫っていなければ、この日も私はみいちゃんとは別々に寝ていた訳で。
そうすると、みいちゃんがお空に還った時間には私はきっとみいちゃんと離れたところで眠っていたでしょうから、みいちゃんをきちんとお見送りすることができなかったかもしれません。
そして、もっともっと悲しい思いをしたかもしれません。

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2011年10月31日 体重が落ち始めた頃。ちっちゃくなって、子猫みたい・・・。

そして、もう一つ不思議な事があったのです。
みいちゃんが逝った時刻は5時10分です。
この数日前に、私はひょんなことから、今まで一度もなかったことでしたが、目覚まし時計を落としてしまい、そのはずみで電池が抜け、時計は止まってしまいました。
特に必要でもなかったので私はその時計をそのままにしていたのですが、見送った日の午後に「そろそろ直そうかなぁ」と時計を拾い上げて、見てびっくり。
なんと、ぴったり5時10分を指しているではありませんか。
時計を落とすような状況になったのも、みいちゃんのためでした。
時計が置いてあった台の上で寝たそうにしたことが一度だけあったので、場所を広くしてあげようと時計をずらしていたのです。

偶然と言えば偶然かもしれませんが、私の計算が正しければ、時計の針が、特定のある時刻を指すのは、60分x12時間で、確立は720分の1になります。
前にも書きましたが、お空に還る時期をみいちゃんと神様で決めてあったとしたら、みいちゃんはさりげなくその時刻を教えてくれていたのかもしれません。

そう考えると、K先生が担当だったことも、彼女の言葉も、私が無理やり一緒に寝たことも、全てが必然で、私の祈りを叶えてくれるためのものであったとしか思えませんでした。
見えない愛の力に導かれていたとしか思えません。
ですから、前日は鬼のように見えたK先生にも感謝の思いが沸いてきて、彼女もどんなに辛い思いで私たちにあんな嫌なことを言ったのか、彼女の気持ちも理解できたような気がしました。
心を鬼にしてみいちゃんのために言ってくれていたのだと思います。
安楽死の問題は深いのでちょっと置いておきますが、厳しさの中にも大きな愛があるのだと思います。

あと、もう一つ。
みいちゃんは、もう本当にお空に還って自由にのんびりしたかったのかもしれない。
何故かというと、私も主人も、みいちゃんの気配みたいなものを全く感じられないのです。
最初の1日は感じてました。
でも、2日目以降は空気が薄いというか何と言うか、「みいちゃん、いないねぇ」という感じ。
もう、す~って、「バイバ~イ」って還っちゃったのかもしれない。
あっちで幸せならそれでもいいけど・・・。

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2001年7月22日

たまには夢にでも出てきてほしいなぁ、みいちゃん。

続く・・・。

みいちゃんとの最後の日々2 愛
2011年12月14日 (水) | 編集 |
この日は、痛み止めも打たれたので、みいちゃんはいつにも増して朦朧としていました。
具合悪くなってから、お気に入りの場所が何故かお風呂場になっていて、冷たいタイルの上で寝るのが習慣になっていました。
昔は、いつも寝室で一緒に寝ていたので、毎日一応ベッドに連れて来てはみたのですが、すぐにお風呂場に戻っていってしまいます。
移動もしんどそうなので、本当に私は寂しかったんですが、みいちゃんの好きな場所で寝かせていました。

でも、今日はどうしても一緒に寝たい!
ベッドだと、もし動きたいときに降りるのも大変かと思い、別の部屋に布団を敷きました。
夜になるまではみいちゃんの好きな所にいてもらいましたが、寝るときは、キャリーの下の部分をみいちゃん用のベッドにして、布団の横に一緒に寝かせました。
多分、痛み止めの中に睡眠薬とかも入っていたのではないかと思いますが、最初のうちは大きないびきをかいて寝ていました。
寝ていると思うだけで安心でした。

RIMG0129.jpg

夜中もずっと電気をつけ、優しい音楽を流し、安らかな時間を創るよう心がけました。
私は眠くはあったのですが、やはり眠れず、時々みいちゃんをさすっては、私も朦朧となりながら夜中中みいちゃんを見ていました。
もう動けないので、体に残った水分が勝手に漏れています。
冷たいといけないので、タオルを取ってきて、おしりの下にしいてあげました。
ネコのおしっこって普通はすごく臭いんですが、腎臓を患っているネコちゃんのは、毒を出せないのでほとんど匂いがありません。
もちろんみいちゃんもそうでした。
それがなんだかとっても悔しくて・・・。

RIMG0133.jpg

夜も深まった頃、みいちゃんが急に「あ~」「あ~」と今まで聞いたことのない奇声を3回ほどあげました。
「みいちゃん、大丈夫かい。苦しいの?ママここにいるよ」と言って、体をさすっていました。
薬が切れてきたのかと思っていました。
私の全く知らない声だったので、なんだかみいちゃんがどこか別の世界に行ってしまうような気がして、胸が押しつぶされそうでした。

その後は、息もだんだん苦しそうになり、さっきまでのいびきとは明らかに違う苦しそうな音をたてて呼吸をしていました。
私も起き上がって、なでてあげながら、心の中でずっとみいちゃんに話しかけていました。
「大丈夫だよ、大丈夫だよ。ママ、いるから」
そんな時間が少し過ぎた後・・・。

急にみいちゃんが、少し顔をあげて、「エッ」「エッ」と吐く前のような苦しそうな動作を始めるんです。
あれっ、吐きたいのかな、苦しいのかな。
5回くらいそれを繰り返したでしょうか。
キャリーのスペースでは狭くて吐きにくいと思い、横にもう一つタオルを敷いて、そこに移動させようと持ち上げた瞬間・・・。
みいちゃんの頭ががくんと垂れてしまいました。

「えっ・・・。」

信じたくありませんでしたが、息をしていません。
体の動きが止まっているのです・・・。

「えっ、うそだ・・・」

俄かに状況が把握できませんでした。

すぐに、寝室で寝ていた主人を起こし連れて来ました。
やっぱり、息・・・、していません・・・。

また、涙がポロポロポロポロこぼれてきました。

まだ事実を受け入れることができず、主人と二人でしばらくみいちゃんをなでていました。
ただ、不思議な時間が流れていました。
なんとも言えない神聖な時間が。
みいちゃんが、この世での人生を全うして、使命を果たしてまたお空に還っていった・・・。
時間は、朝の5時10分頃でした。
この時間帯は、私のとっては朝の天使の時間なのです。
外には静けさが漂い、まだ薄暗く、この空間は本当に荘厳な感じでした。
優しく温かい時間でした。
時が止まっているようでもありました。
悲しみもありましたが、それよりも、本当にみいちゃんへの感謝の想いと愛しさが溢れてきました。
そして、みいちゃんが、さっきまでの苦しみから解放されたことへの安堵感もありました。

「みいちゃん、本当にお疲れ様。そして、本当にありがとう・・・」

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2004年1月7日

続く・・・。



みいちゃんとの最後の日々1 祈り
2011年12月13日 (火) | 編集 |
みいちゃんがお空に帰ってから1週間が経とうとしています。
みいちゃんにとにかく一番感謝したいことは、自然に息を引き取ってくれたこと・・・。

最後の1週間、風邪をひかせてしまったので毎日治療に通っていました。
風邪をひいてから、抗生物質を打っていたせいなのか何なのか、一瞬食欲が戻り体重も増えましたが、体力的にはみいちゃんはもう限界でした。
ほとんどまっすぐ歩けず、よろよろと不安定な歩き方をし、ほんの20センチくらいの高さの台にも上れずに、そのまま斜めに座り込んでいたり、トイレに入ったはいいけれど、やはりそのままトイレの中に座り込んでいたり、とにかく引力に逆らえず、いつも、床にべったりと座っていました。
水を飲もうとしても力がないのか、お水入れに口をつけたまま動けなかったり、本当に見ていて胸が痛くなりました。
最後の2~3日はまた食欲が落ちましたが、それでも、私がキッチンに行くと一緒にくるのです。
小さく小さくなってしまった体で頑張って食べようとするのですが、口にできるのはスープ状のごはんを2回くらいなめるだけでした。
本当にいじらしく健気な姿に涙がこぼれました。

風邪の5回目の治療に行った12月6日は、その前の夜から何も食べられなくなっていて、ごはんを近づけても顔を横に向けられるというような状況でした。
この日のお医者さんはKさんでした。
この病院はクリニックなので、5人の先生がいるのですが、Kさんは中でも一番冷静で現実的な方だったかもしれません。
久しぶりにKさんが担当だったのですが、みいちゃんが食べらないこと、元気がないこと、便秘をしていることなどを伝えるとちょっと顔が曇り、「血液検査をしましょう」ということになり、血を採ることになりましたが、みいちゃんの細くなってしまった腕からは、血はなかなか出てきませんでした(涙)。
3箇所くらい刺してやっと少し採血でき、それを機械で調べていました。
すごく嫌な時間でした。

「クレアチニンの数値が高いです。尿素窒素は値が高すぎて測れません」
「・・・。」
「すごく苦しいはずです。これ以上生かしておくのは可哀相だから、安楽死を考えてください」
「えっ・・・。」

そんなこと考えてもいませんでした。
何?あなた何を言ってるの?
一瞬、彼女が何を言っているのか本当に分かりませんでした。

「もう痛みも出ているはずだし、すごく気分も悪くて、苦しいのよ。
本当に愛しているなら、決断してください」

鬼かと思いました。
この人、頭おかしいと思いました。

「あっ、でも、私たちまだ心の準備できていませんから・・・。」
「そんな問題じゃないの。
ネコは頑張りやさんだから、この苦しいまま、まだ何日か頑張るわよ。
それでもいいの?」

彼女の言葉を聞きながら、涙がポロポロポロポロこぼれてきました。
主人も泣いているようでした。
 
そんなことできる訳ないじゃない・・・。

彼女はでも執拗に勧めてきました。
私たちが決められないでいることに怒ってさえいるようでした。

「遅くとも明日ですからね。それとも今日にする?」

遅くとも・・・って・・・・・
どういうこと?

この時点で私はもうぼろぼろで、そして、ただ一つ「痛みがあって苦しい」という言葉にだけ心が揺れて、
「どうしてもというなら、せめて明日にさせて下さい・・・」
ということで、ほぼ強制的にアポを取らされてしまいました。

こんな急にお別れがくるなんて・・・。
でも、家に戻ってもキャリーから出てくる元気もないみいちゃんを見て、彼女の「苦しい」という言葉が心に響いてきました。
尿毒症が進み、もう毒を排出できないのと、私は便秘が続いているだけと思いたかったけど、多分もう腸管の腫瘍が大きくなり、便も出せなくなっていたのだと思います。

本当に胸が張り裂けそうでしたが、みいちゃんが苦しみと痛みから解放されるなら・・・、と自分に言い聞かせ、でも、明日になって元気になってたら断ろうとか色んなこと考えながら、みいちゃんと最後の夜を過ごそうと決めました。

続く・・・。

RIMG0073.jpg
10月22日のみいちゃん。私の机の上、PCの横で。
まだ体重も3,7キロありました。
最後に測った体重は2,65キロでした。

追記
実はこちらでは、安楽死は結構常識なのです。
私のお友達も何人か愛猫を失いましたが、全部が注射でした。
私は安楽死は絶対に嫌でした。
きちんと寿命を自分で全うしてほしいと思っていました。
Kさんの言葉に同意したことにずっと後悔していましたが、でも実は彼女のこの一言は私の祈りを成就させるためのものだったのです・・・。

お見送り
2011年12月09日 (金) | 編集 |
今日、朝の8時頃、みいちゃんの体も神様にお返しして来ました。
火葬場に着いて、担当の方が私の手からみいちゃんを受け取り、手順を説明してすぐにみいちゃんを運んでいってしまいました。
「えっ!まだきちんとお別れしてないよ!」
ちょっとパニックになって急いでその方を追いかけ、もう一度戻ってきていただいて、主人と二人しっかりとみいちゃんをなでなでして、「みいちゃん、行ってらっしゃい。天国で幸せに暮らしてね」と声をかけて送り出しました。
90分ほどして、みいちゃんは可愛いつぼに入って戻ってきました。

家に着いて、みいちゃんを我が家で一番神聖な場所に安置してしばらく眺めているうちに、だんだん胸が苦しくなってきて、お腹の辺りがギューっと締め付けられるような寂しさがどっと押し寄せてきて、思わず、「寂しいよ~!」と叫んでしまいました。
その後は涙が止まらなくなり、みいちゃんの前でずっと泣いてしまいました。
もうどこにもいない。
姿がない。

一人で逝っちゃって、みいちゃんのバカ!
・・・・・・・・・・。
・・・違う、ママが悪いんだ。
早く発見してあげられなくて。
苦しい思いをさせて本当にごめんね。

なんだか、色んな想いが交錯して心のコントロールが全くできなくなってしまいました。
みいちゃん、ごめん。
ママ、今日駄目だ。
ごめんね。
今日は悲しませて。
明日からまた頑張るから・・・。

みぃちゃん、旅立ち。
2011年12月08日 (木) | 編集 |
12月7日、明け方の5時10分頃、みいちゃんはお空に帰っていきました。
13歳と8ヶ月でした。

最後までよく頑張ってくれました。
本当に心からみいちゃんにありがとうと言いたいです。

今は、感謝と愛おしさと楽しい思い出ばかりが溢れてきます。
優しい神聖な時間が流れています。

今は、まだみいちゃんの体はここにいてくれているし、あまり現実味がなく、時おり、抑えられないくらいの寂しい思いも出てくるのですが、もう半分は、みいちゃんが痛みと苦しみから解放されたことにほっとしているのが正直な想いです。

また少し落ち着いたら、みいちゃんのこといっぱい書きたいと思います。

みいちゃん、うちの子になってくれて本当にありがとう。
本当に幸せでした。

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