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みいちゃんとの最後の日々1 祈り
2011年12月13日 (火) | 編集 |
みいちゃんがお空に帰ってから1週間が経とうとしています。
みいちゃんにとにかく一番感謝したいことは、自然に息を引き取ってくれたこと・・・。

最後の1週間、風邪をひかせてしまったので毎日治療に通っていました。
風邪をひいてから、抗生物質を打っていたせいなのか何なのか、一瞬食欲が戻り体重も増えましたが、体力的にはみいちゃんはもう限界でした。
ほとんどまっすぐ歩けず、よろよろと不安定な歩き方をし、ほんの20センチくらいの高さの台にも上れずに、そのまま斜めに座り込んでいたり、トイレに入ったはいいけれど、やはりそのままトイレの中に座り込んでいたり、とにかく引力に逆らえず、いつも、床にべったりと座っていました。
水を飲もうとしても力がないのか、お水入れに口をつけたまま動けなかったり、本当に見ていて胸が痛くなりました。
最後の2~3日はまた食欲が落ちましたが、それでも、私がキッチンに行くと一緒にくるのです。
小さく小さくなってしまった体で頑張って食べようとするのですが、口にできるのはスープ状のごはんを2回くらいなめるだけでした。
本当にいじらしく健気な姿に涙がこぼれました。

風邪の5回目の治療に行った12月6日は、その前の夜から何も食べられなくなっていて、ごはんを近づけても顔を横に向けられるというような状況でした。
この日のお医者さんはKさんでした。
この病院はクリニックなので、5人の先生がいるのですが、Kさんは中でも一番冷静で現実的な方だったかもしれません。
久しぶりにKさんが担当だったのですが、みいちゃんが食べらないこと、元気がないこと、便秘をしていることなどを伝えるとちょっと顔が曇り、「血液検査をしましょう」ということになり、血を採ることになりましたが、みいちゃんの細くなってしまった腕からは、血はなかなか出てきませんでした(涙)。
3箇所くらい刺してやっと少し採血でき、それを機械で調べていました。
すごく嫌な時間でした。

「クレアチニンの数値が高いです。尿素窒素は値が高すぎて測れません」
「・・・。」
「すごく苦しいはずです。これ以上生かしておくのは可哀相だから、安楽死を考えてください」
「えっ・・・。」

そんなこと考えてもいませんでした。
何?あなた何を言ってるの?
一瞬、彼女が何を言っているのか本当に分かりませんでした。

「もう痛みも出ているはずだし、すごく気分も悪くて、苦しいのよ。
本当に愛しているなら、決断してください」

鬼かと思いました。
この人、頭おかしいと思いました。

「あっ、でも、私たちまだ心の準備できていませんから・・・。」
「そんな問題じゃないの。
ネコは頑張りやさんだから、この苦しいまま、まだ何日か頑張るわよ。
それでもいいの?」

彼女の言葉を聞きながら、涙がポロポロポロポロこぼれてきました。
主人も泣いているようでした。
 
そんなことできる訳ないじゃない・・・。

彼女はでも執拗に勧めてきました。
私たちが決められないでいることに怒ってさえいるようでした。

「遅くとも明日ですからね。それとも今日にする?」

遅くとも・・・って・・・・・
どういうこと?

この時点で私はもうぼろぼろで、そして、ただ一つ「痛みがあって苦しい」という言葉にだけ心が揺れて、
「どうしてもというなら、せめて明日にさせて下さい・・・」
ということで、ほぼ強制的にアポを取らされてしまいました。

こんな急にお別れがくるなんて・・・。
でも、家に戻ってもキャリーから出てくる元気もないみいちゃんを見て、彼女の「苦しい」という言葉が心に響いてきました。
尿毒症が進み、もう毒を排出できないのと、私は便秘が続いているだけと思いたかったけど、多分もう腸管の腫瘍が大きくなり、便も出せなくなっていたのだと思います。

本当に胸が張り裂けそうでしたが、みいちゃんが苦しみと痛みから解放されるなら・・・、と自分に言い聞かせ、でも、明日になって元気になってたら断ろうとか色んなこと考えながら、みいちゃんと最後の夜を過ごそうと決めました。

続く・・・。

RIMG0073.jpg
10月22日のみいちゃん。私の机の上、PCの横で。
まだ体重も3,7キロありました。
最後に測った体重は2,65キロでした。

追記
実はこちらでは、安楽死は結構常識なのです。
私のお友達も何人か愛猫を失いましたが、全部が注射でした。
私は安楽死は絶対に嫌でした。
きちんと寿命を自分で全うしてほしいと思っていました。
Kさんの言葉に同意したことにずっと後悔していましたが、でも実は彼女のこの一言は私の祈りを成就させるためのものだったのです・・・。

コメント
この記事へのコメント
安楽死・・・・
Kさんは、医者としての最善を言われたのでしょうが、
家族としては認めたくない言葉ですね。
父の闘病を思い出しました。
2011/12/14(水) 16:43:52 | URL | maririnhaha #-[ 編集]
愛・・・
Megiさん、こんばんは。大丈夫ですか。
愛の価値観も、国それぞれ、そして人それぞれなんですね。

あの、少しの気休めにしかならないかもしれないんですが、
便秘は、みいちゃんの食が細くなってしまったからというのはないですか?
ハナも最後の方はほとんどウンチを出せなかったのですが、
獣医さんにそれに関する話をしたとき、
現状でその部分はあまり気にしなくてもいいというようなことを言われた、
もしくはそういう印象を受けた記憶があるんです。曖昧なんですけど・・・
でも、食べ物の残りだけじゃなくて体内の細胞なんかもウンチになるらしくって、
んーんと、でも、ああ、ごめんなさい、気休めにもならない情報でした・・・

みいちゃん、しんどそうだけど安心した顔して休んでる・・・♪
2011/12/14(水) 22:56:02 | URL | アキ #VahZCtNg[ 編集]
maririnhahaさん
いつも、コメントをいただき本当にありがとうございます。
本当に嬉しく読ませていただきました。
なかなかお礼にうかがえず申し訳ありません。

安楽死の問題は、安易に結論が出せる問題ではありませんよね。
今回は、本当に揺れました。
後で思ったことは、Kさんは心を鬼にして言ってくれたということです。
誰も、人を泣かせるような悲しいことは言いたくないですものね。
結果論ではありますが、そのお陰で私はみいちゃんを看取ることができたので、今では感謝しています。
2011/12/15(木) 02:47:55 | URL | Megi #-[ 編集]
アキさん
アキさん、ご心配くださりありがとうございます。
私は、なんとか大丈夫です。
あの日のことを忘れたくないので、今、まだ覚えているうちに書き残しておきたいと思って書いています。
私にとっては特別な大切な日になりましたから・・・。

獣医さんが安楽死の言葉を出したときは、本当に信じられませんでした。
でも、彼女は最初から一貫してその事は示唆していたのです。
腸がつまったら終わりです、その時は対策をたてます、って・・・。
途中の元気な時の治療ではみいちゃんに優しく接してくれていました。

愛の形はどれが正解ってないと思うけれど、時には心を鬼にして自分が苦しい選択をしなければいけないこともあるのかもしれませんね。
今回は、結果的にみいちゃんが自然な形で息を引き取ってくれたので、本当に神様に感謝です。

便秘の真相は、どうだったのかなぁ・・・。
いつかみいちゃんに会ったら聞いてみよう。
2011/12/15(木) 02:54:53 | URL | Megi #-[ 編集]
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