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みいちゃんとの最後の日々3 感謝
2011年12月15日 (木) | 編集 |
非常に辛い一夜でしたが、でもこうして私はみいちゃんを無事に看取ることができたのでした。
本当によかった。

私の祈りは・・・。
もちろん、みいちゃんが長生きしてくれることでしたが、すごく具合が悪い時に、執着を断って全てをお任せしようと決めてからは、みいちゃんが穏やかに残りの日々を過ごせること、そして、寂しい思いをすることがないように必ず看取らせて下さい、と神様にお願いしていました。

これは結果論ではありますが、もし前日にK先生があそこまで強く厳しい選択を私たちに迫っていなければ、この日も私はみいちゃんとは別々に寝ていた訳で。
そうすると、みいちゃんがお空に還った時間には私はきっとみいちゃんと離れたところで眠っていたでしょうから、みいちゃんをきちんとお見送りすることができなかったかもしれません。
そして、もっともっと悲しい思いをしたかもしれません。

mi2112125.jpg
2011年10月31日 体重が落ち始めた頃。ちっちゃくなって、子猫みたい・・・。

そして、もう一つ不思議な事があったのです。
みいちゃんが逝った時刻は5時10分です。
この数日前に、私はひょんなことから、今まで一度もなかったことでしたが、目覚まし時計を落としてしまい、そのはずみで電池が抜け、時計は止まってしまいました。
特に必要でもなかったので私はその時計をそのままにしていたのですが、見送った日の午後に「そろそろ直そうかなぁ」と時計を拾い上げて、見てびっくり。
なんと、ぴったり5時10分を指しているではありませんか。
時計を落とすような状況になったのも、みいちゃんのためでした。
時計が置いてあった台の上で寝たそうにしたことが一度だけあったので、場所を広くしてあげようと時計をずらしていたのです。

偶然と言えば偶然かもしれませんが、私の計算が正しければ、時計の針が、特定のある時刻を指すのは、60分x12時間で、確立は720分の1になります。
前にも書きましたが、お空に還る時期をみいちゃんと神様で決めてあったとしたら、みいちゃんはさりげなくその時刻を教えてくれていたのかもしれません。

そう考えると、K先生が担当だったことも、彼女の言葉も、私が無理やり一緒に寝たことも、全てが必然で、私の祈りを叶えてくれるためのものであったとしか思えませんでした。
見えない愛の力に導かれていたとしか思えません。
ですから、前日は鬼のように見えたK先生にも感謝の思いが沸いてきて、彼女もどんなに辛い思いで私たちにあんな嫌なことを言ったのか、彼女の気持ちも理解できたような気がしました。
心を鬼にしてみいちゃんのために言ってくれていたのだと思います。
安楽死の問題は深いのでちょっと置いておきますが、厳しさの中にも大きな愛があるのだと思います。

あと、もう一つ。
みいちゃんは、もう本当にお空に還って自由にのんびりしたかったのかもしれない。
何故かというと、私も主人も、みいちゃんの気配みたいなものを全く感じられないのです。
最初の1日は感じてました。
でも、2日目以降は空気が薄いというか何と言うか、「みいちゃん、いないねぇ」という感じ。
もう、す~って、「バイバ~イ」って還っちゃったのかもしれない。
あっちで幸せならそれでもいいけど・・・。

102-0300_IMG.jpg
2001年7月22日

たまには夢にでも出てきてほしいなぁ、みいちゃん。

続く・・・。

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