音楽の愛と光が人々に幸福をもたらしてくれることを祈って
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パパ、ありがとう。
2012年01月29日 (日) | 編集 |
ずっと伝えたかったことがあるの。

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(お揃いです♪ みいちゃん2歳)

パパ、あたしをもらってくれてありがとう。
あたし、可愛かったからなぁ~。フフ♪

小さい時、おもちゃをいっぱい作ってくれて、そしていっぱい遊んでくれてありがとう。
とっても楽しかったよ♪

いっぱいだっこして、いっぱいナデナデしてくれてありがとう。
苦しゅうなかったよ。フフフ♪

病気になってから、忙しいのに、何回も病院に連れて行ってくれてありがとう。
最後は毎日だったね。

お薬をくれてありがとう。
あたしすごく辛かったけど、でも心配してもらった気持ちが嬉しかった。
あたし、頑張ったよね。

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2011年9月24日

あたしがガリガリになってしまった姿を見て、パパ大泣きしてくれたよね・・・。
ちょっとグッときちゃった・・・。
ありがとう。

あたしのこといっぱいいっぱい愛して可愛がってくれて本当にありがとう。

それだけ。

大好きなパパへ。

天国のみいちゃんより

招き猫みいちゃん♪♪♪
2012年01月24日 (火) | 編集 |
写真を整理していたら、みいちゃんのお宝画像が出てきました~♪ 
たまたま、古い写真を見ていて、2007年にたどり着いたところ、4月8日(丁度みいちゃんの誕生日一日前)の写真に、何と主人が撮った動画があるではないですか!!!
早速、主人にYoutbeにあげてもらい、いつでも見られるようにしてもらいました♪

みいちゃん動画(←クリック)

招き猫のみいちゃんです。
時々ですが、こうして可愛い仕草をしていました。

あ~、それにしても嬉しい~♪
嬉しすぎる~!!!!!
みいちゃんにまた会えた。
やっぱり可愛い^^

皆さんにも、たくさんの幸せと豊かさを招いてくれますように・・・  
音小さいですが、「ゴロゴロ」もちょっと聞こえますよ~♪

(リンクで、画面の貼り方が分かる方がいらしたら教えて下さい)

愛おしいみいちゃん
2012年01月21日 (土) | 編集 |
かなり個人的な記録的ブログになりますが、もう少しみいちゃんの思い出を綴ります。

今でも思い出すとどうしてもウルウルしてしまうこと3つ。

①みいちゃんのお気に入りの居場所は何を置いても1番はソファーの背もたれの上でした。
そこから3mくらい離れた所で私がしゃがんで、「みいちゃん、おいで~」と声をかけると、大体いつも、「う~ん!」と言いながらすぐに起き上がってとことこと走って来てくれていました。
そして、私の足の間にはさまりながら(どんな光景だ(笑))、お尻のあたりをなでなでしてもらうのが大好きでした。
もちろん、特大「ゴロゴロ」特典付き。

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2011年10月31日

もう具合が悪くなってあまり動けなくなっていた時、たまたまソファーの上で寝ていたみいちゃんと目が合ったので、しゃがんで「みいちゃん」と呼んでみると、なんと、起き上がって来るではありませんか。
「う~ん!」って言いながら。
いつもと同じ。
でも、一つだけ違っていたのは、その足取りはとってもフラフラしていたこと
すごく一生懸命来てくれたこと。
あまりにも健気で可愛くって、胸があつくなり、思わずすぐに抱き上げていっぱいなでなでしてあげました。

②病気がかなり進んでからですが、昔から大好きだった水遊びをまた好んでするようになり、時々、洗面台に乗せてあげて、遊ばせていました。

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みいちゃん2歳

11月後半、もうかなり具合が悪い時にも一度洗面台に行きたそうだったことがあり、乗せてあげました(もう、自分では上れませんでした)。

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2011年11月25日

そして、下にバスタオルを敷いてあげて寒くないようにして、ちょっと5分位目を離していたら、突然「ドドン!」という音が。
慌てて行ってみると、みいちゃんが一人でバスタブの中に降りてうずくまっていました。
「あ~~~~~~~~~~。ごめん~~~。ごめん、ごめん、ホントにごめん」
もうこの頃、足腰の筋肉は全くなく、この高さ、普通に飛べるはずがないのです。
着地の時、どんなに痛かったか・・・。
今思い出しても涙がでます。
やはりすぐに抱き上げて、いっぱい「ごめんね」を言って、いっぱいなでなでさせてもらいました。
ホントに私のバカ。
みいちゃん、ごめんね・・・。

③お空に帰る1週間ほど前だったでしょうか。
私が台所で料理をしていて、ふっと見ると音もなくみいちゃんが来ていて、私の横で足を揃えておりこうさんに座っていました。
でも、よく見ると涙を流しているのです・・・。
「え~っ、やだ~、みいちゃん、どうしたのぉ・・・」
それはなんだか、「ママ、お世話になりました。あたし、もう辛いです」と言っているように感じられたのです。

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2009年1月24日 陽だまりで。

やっぱり、すぐに抱き上げ、ずっと抱っこして、主人にも泣きばがら「みいちゃん泣いてるよ~」と言って、なでなでしてもらいました。
風邪をひきはじめていたために涙がでていたのだと思いますが、それでも、みいちゃんの涙をみるのは本当に辛く悲しかったです。

どの出来事も、今でもあの時の思いがリアルによみがえってきます。
辛い事もいっぱいあったけど、でも一番頑張ってくれたのはみいちゃんで。
こうして、みいちゃんの猫生に寄り添わせてもらえたことに本当に感謝しています。
みいちゃん、心から愛おしいです・・・。

思い出になれない思い出
2012年01月14日 (土) | 編集 |
前回の月命日の出来事(みいちゃんに起こされたこと)のお陰で、なんとなく少し気持ちが落ち着いてきました。
会いたい気持ちはつのるけど、でも、みいちゃんはいつも一緒にいてくれてる。
本当にそう思えたからです^^
ちいこも、あの日以来、ミャーミャーがかなり減ってきて随分落ち着いてきたようではありますが、寂しそうな様子はあまり変わってません。
お姉ちゃん命だったもんね。

今だから書ける、みいちゃんがいなくなって3大悲しかったこと。

①ご飯をあげる時。
具合が悪くても、いつもちゃんとご飯の時間には来ていました。
食べる食べないは別にして、ちいこやももちゃんと一緒にキッチンでご飯待ってたなぁ。
病気が分かってからは、きちんと食べているか、どれくらい食べているかしっかり把握していたかったので、人間の食事は後回しで、どんなに時間がかかっても、みいちゃんが食べ終わるまでず~っと見ていました。
「あっ、今日は食べてるな♪」「今日は食欲ないなぁ・・・」と毎日その日の状況で本当に一喜一憂でした。
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2011年11月14日 ご飯に活性炭を混ぜていたので、お鼻が黒くなってます。
メモを見ると、2日前の12日にひどく吐いて具合悪く、13日まで便秘。
この日は、活性炭のお陰か、元気なう○ちが出たと書いてあります。
次の日からまた少し元気になっている。

ご飯があまり美味しくなくてご飯を残した時は、すぐに他の味に変えました。
本当に食欲がなくて残していた時は、少し時間をおいて、キッチンに限らずみいちゃんが居るところに出前サービスで運んであげました。
場所が変わって気分が変わると食べてくれることもあったからです。
ストーカーのような生活だったかもしれません(笑)。
病気云々の前に、食べてもらえなければ体力も落ちてしまうので、とにかく毎日少しでも何か口にしてもらおうと、孤軍奮闘していました。
一度にたくさんは食べられないので、一日に5度以上はみいちゃんの様子を見計らってごはんをあげていたと思います。
とにかくみいちゃんのことで頭がいっぱいだったので、今、それがなくなって、楽といえば楽ですが、何か力が抜けてしまいました。
えさ入れを一つ減らした時は、悲しくて悔しくて仕方なかったなぁ・・・。
今は、ちいことももちゃんが元気にごはんを食べてくれるのが本当に救いです。
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2011年9月29日 台所の椅子で可愛い子ぶりっこ。
「ママ~、なでなでして~♪」
エコー検査のため、お腹の毛がそられていますが、これは最後まで生えてきませんでした・・・。
この日のメモより。「ご飯もよく食べ、元気です」


②家に帰って玄関を開けるとき
みいちゃんは、だいたいいつも、鍵の音が聞こえると玄関まで私を迎えに来てくれていました。
これは元気な時も、病気になってからも(すごく具合が悪い時は別ですが)してくれた習慣でした。
いつも、ドアを開けるのが楽しみでした。
そこには可愛いみいちゃんがまん丸の可愛いお目目で私を見上げて待っていてくれたから。
みいちゃんが居なくなってしばらくは、ドアを開けるのが怖かった。
どうしてもみいちゃんの姿を探してしまいましたね。
でもやっぱりそこにはいなくって・・・
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2011年11月16日 玄関の靴居れの中に隠れて待ってます。

今は、ちいこが迎えに来てくれます♪
あ~、ありがと、ちいこちゃん。


③お風呂に入る時
これは、何故か病気になってから始まった習慣なのですが、私がお風呂に入ると必ず一緒にお風呂場に来て、バスタブの横でごろんと寝転がっていました。
それどころか、私がお湯をため始めると、自分が最初に行って待ってるんですよぉ。
可愛い~♪
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2011年11月16日 「ママ~、早くおいで~!」

みいちゃんは、ちょっと濡らして湿った手でナデナデしてもらうのが大好きでした。
なので私は、湯船からがばっと体と手を伸ばし、濡れた手で、バスマットの上で寝ているみいちゃんをナデナデしていました。
これ結構しんどかったし、寒かったんですが、みいちゃんの可愛さには勝てず、毎日しっかりとさせてもらいました。
もちろん、みいちゃんのボリュームマックス「ゴロゴロ」サービス付きだったので、これはとっても幸せな時間でした~♪
みいちゃんが居なくなってしばらくは、お風呂に入っていても、そのゴロゴロがなくなってしまい、寂しくて胸が張り裂けそうでした。
お腹のあたりが、ぎゅ~っと締め付けられるような感じで・・・。
バスタブの横できっと今もゴロリンチョしてるに違いない、と自分に言い聞かせながら寂しいバスタイムを過ごしていました。
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2011年11月24日 病気になってから、よく一人でバスタブの中にも入っていました。
小さい・・・。
21日の体重が3キロで、27日の体重が2,85キロだったので、この時はもう3キロきっていたでしょう。
メモを見ると、この間はそれなりにちゃんと食べてはいたようですが・・・。

みいちゃんがいたあの場所、この場所。
今はどこにもいません。
本当に気配も感じないので、もうお空の生活を存分に楽しんでいるんだと思うけど、それはそれで嬉しいし。
だって心の中ではいつも一緒だから・・・。
生活の中でも、みいちゃんは一緒。
ネコのごはん買いに行く時とかも、今までどおり、「みいちゃんのごはん買ってくるね!」って言ってしまう。
やっぱり長女だったから、何でもまずみいちゃんだったんですよねぇ、うちは。

みいちゃんとの思い出はず~っと私の心のアルバムの中に飾られています。
まだ、その全部を笑顔で見られるまでにはなっていないけど、優しい時の魔法に癒されて、いつか全てがキラキラ輝く思い出にと変わっていくと信じています。

でもやっぱりさぁ、たまには夢にでも出てきてよ、みいちゃん!
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2009年1月25日 
「フフフ~、あたし毎日かくれんぼしてるんだから、ママ、ちゃんと見つけなさ~い♪」

みいちゃん目覚まし
2012年01月07日 (土) | 編集 |
今日はみいちゃんの1回目の月命日。
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昨日は、最後の夜に一緒に寝た部屋にまた布団を敷いて寝ました。
1ヶ月前の事を思い出しながら、ぼ~っとみいちゃんの写真を眺めて・・・。
不思議と悲しい気持ちはありませんでした。
悲しいというより、心にぽっかり穴があいてしまったと言ったほうがいいかもしれません。
普段の生活に流されていると、なんとか気も紛れて悲しんでいる暇もないのですが、ただ、急に一人の静かな時間ができたりすると、じわ~っとみいちゃんのこと思い出して、思わず涙がつ~って出てしまいます。

それにしても、もう1ヶ月も経っちゃったんだなぁ。
あの日は本当に辛くて悲しくて、でもなんだか安心して神聖な気持ちになったりもして・・・。
あの後しばらくは、なかなか普通に生活するのが難しかったです。
いつもみいちゃんのことばかり考えてた。
それでも、18日から1週間、ずっとある研修に参加していて、無理矢理思い出から引き離され・・・。
ある意味救われたようでもあり、寂しくもあり。

みいちゃんはとにかく、最後の最後まで親孝行でした。
色んな意味で。
だから、やっぱりみいちゃんには感謝の想いしかないです。
それと同時に、今でもみいちゃんのこと思い出すと、「ごめんね」って思いがどうしても出てきちゃう。
何度言っても足りないくらい。
もっと早く発見してあげたかった・・・。
ごめんよ~、みいちゃん、本当に・・・。

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2011年10月14日

色んなこと思いながら昨晩は眠りにつきましたが、翌朝、思い切りみいちゃんに起こされました!
というのも、早く起きるつもりもなかったのですが、ふっと朝早く目が覚めて、「まさか5時10分(みいちゃんが息を引き取った時刻)てことないよね~」なんて思いながら居間の時計を見に行ったら、、、え~~~っ!なんと本当に5時10分じゃないですか!!!
これには流石にびっくり。
もう、みいちゃんに起こされたとしか思えませんでした。
「今日、命日よ~、ママ、ちゃんと起きなさいっ!」って。
これは嬉しかったですねぇ(^^)。
それでしっかり起きて、あの日にかけてた優しい音楽をまたかけて、お祈りをしました。
「そっちの世界でも元気で幸せに暮らしてね」って。
この時間にこうして起こされて、ちゃんとお祈りできたことでまた一つ気持ちが楽になりました。

いずれにしても、私がまたきちんと普通の生活に戻り、一生懸命生きていくことが、きっとみいちゃんも一番望んでいることなんじゃないかと思います。
みいちゃんの最後の色々なタイミングを思い出しても本当にそう思う。
やっぱりみいちゃんすごいよ。
うん、すごい!
本当にありがと。

ところで、今日の妹たちはどうしていたかというと・・・。
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やっぱりまだ寂しい。
ちいこは、昨日の晩からずっと私に付き合って一緒に寝ててくれたし、朝もずっと一緒にいてくれました。
今日のミャーミャーは一段とうるさくて、私が部屋を移動しても、みいちゃんの遺灰を置いてある部屋に残って、一人でずっとないていました。
みいちゃんと話しでもしてたのかな・・・。

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イカ耳で怒ってますが・・・。
「お姉ちゃんは早く帰って来て下さい!あたし寂しすぎてプンプンなんだからぁ」
ひときわ鬼瓦になってますねぇ。

ももちゃんは・・・、
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「フワァ~」
あっ、眠いのね。
やはりいつも通りです。
相変わらずゴーイング・マイウェイですねぇ。

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「でもあたちだって本当はちょっとさびちいのよぉ。
あたちだってお姉ちゃんだいちゅきだったんだからぁ」

神様が一つだけ願いを叶えて下さるとしたら、もう1回だけみいちゃんをだっこしたい。
そしていっぱいなでなでして、いっぱいチューして、みいちゃんの大音量のゴロゴロを聞きたい・・・。
あれぇ、またウルウルしてきちゃったよぉ・・・。

みいちゃんとの最後の日々5 光
2011年12月16日 (金) | 編集 |
ちょっと不気味に聞こえるかもしれませんが、火葬に出すまで2日あり、2晩とも私はみいちゃんと寝ていました。
具合悪くなってから一度も寝室で一緒に寝ることがなかったので、ある意味嬉しくもあり・・・。

でも、もう明日でお別れという8日の日はかなり辛かったです。
その日は用事があり、夜9時過ぎに家に戻ったのですが、休んでいるみいちゃんに、「みいちゃんただ今~。帰ってきたよ。ねぇ、寝てばっかりいないで、「遅い!」って文句でも言ってよ」って話しかけていたらまた涙が止まらなくなってしまい、ずっとみいちゃんをお膝にだっこしていました。

最後の夜だったので、みいちゃんにもう一度、家の中を全部見せてあげました。
大好きだった場所は特に念入りに。
(ちょっと気持ち悪い行動ですね。すみません)

布団に入りましたが、電気を消してしまうともう見えなくなってしまうのでなかなか消す勇気が出ませんでした。
夜中になり、さすがに眠くなってきたので意を決してスイッチを切りました。
するとどうでしょう!
なんとみいちゃんが明るく照らされているのです。
あれっ、何だろう、と思って見回してみると、窓から月明かりが入ってきているのです。
それも、みいちゃんの側だけに。
この日は、思い立って昨日とは逆の位置に移動させていました。

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その時の月ですが、私のバカチョンでは綺麗にとれるはずもなく・・・。
美しさはこんなものではありませんでした。

満月まで2日ありましたが、その月はほぼまん丸で、本当に綺麗でした。
そして、ちょっと雨が降ったのでその周りに霞がかかってなんとも言えず神秘的な雰囲気を醸し出していました。
この部屋で寝たことがなかったので、月がこの方向から射してくることも知りませんでした。

その優しい月明かりを見て、何とも言えない安堵感を覚えました。
「あ~、もう大丈夫だ。
みいちゃんは、この光に照らされてお空に帰っていける。
天使も迎えに来ている」
本当にそう思えたのです。
お陰で私も何かふっきれました。

みいちゃんよかったね。
本当にお迎えがきてるよ。

言葉で表現は難しいのですが、丁度、私の大好きなイラストレーターのミウラナオコさんが描かれていたイラストが、私の心境にぴったりだったのでちょっとリンクさせていただきます。
「満月さん、こんばんわ」

不思議な幸福感に包まれ私も眠りにつきました。
明るい光に照らされたみいちゃんを見守りながら・・・。

そしてこの日の朝早く、みいちゃんの全てを神様にお返ししてきました。

「みいちゃん、いっぱい頑張ってくれて本当にありがとう。
いつもママを癒してくれて本当にありがとう。
みいちゃんに出会えて本当に幸せだった。
いいこだね。
大、大、だ~い好きだよ。
いつかまた会おう!
そっちの世界でも元気で幸せにね♪」

「神様、こんな可愛いみいちゃんを私たちにお預けくださり、楽しく幸せな時間を過ごさせて下さって本当にありがとうございました。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

実は、17日から25日まで留守にするのと、みいちゃんとの思い出を忘れないうちに残しておきたかったので、一気に書いてしまいました。

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2009年4月9日 11歳の誕生日

この場をお借りして、皆様にも心から感謝を捧げさせて下さい。
みいちゃんの事を記事にして下さったり、詩を書いて下さったり、いつもコメントで励まして下さったり・・・。
こうして、皆さんの温かいお心に触れ、悲しいとき、寂しいとき、どんなに励みになったか知れません。
本当に救われました。
みいちゃんも、こんなに想っていただいてとっても幸せに感じていると思います。
本当に本当にありがとうございました。

愛を込めて。
みいちゃん、Megi。

虹色のみいちゃん!
2011年12月15日 (木) | 編集 |
昨日、夢にでも出てきて!って書いたら、なんと今朝方、主人の夢に出てきてくれたそうです!
みいちゃんの口元は虹色になっていて、主人の部屋にいて笑っていたそうです。

わ~い、わ~い (^^)/
超嬉しい♪

やっぱり元気なんだ。

そしてその後2度寝した時も、ずっとみいちゃんは夢に出てきてたみたいで、みいちゃん、その時はピアノを弾いていたとか・・・。
鍵盤の下から前足を伸ばして、曲名は分からないのですが、子供たちがよく二人で弾くあの楽しい曲を弾いていたそうです。
可愛い♪
天国でピアニスト?

あ~、でもホント嬉しかった。

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古い写真を撮り直したのでアレですが・・・。
みいちゃん2歳くらいです。
パパの伴奏してあげてね~♪

みいちゃんとの最後の日々4 祝福
2011年12月15日 (木) | 編集 |
忘れたくないと思い書き始めたあの日の出来事ですが、すでに4回目になってしまいました・・・。

主人と一頻りみいちゃんをなでた後、さすがに二人とも疲れが出てきてしまい、少し睡眠を取りました。
朝、普通に生活が始まって、普通に主人は仕事に行って・・・。
でも、普通じゃないことが一つだけあった。

もう、朝ごはんをみいちゃんにあげられない。
もちろん、ちいこやももちゃんと一緒にキッチンにも来ない。
もう、お薬をみいちゃんにあげる必要もない。
なでなでしても、ボリュームマックスのごろごろも聞けない。

今まで、やれ病院だ、薬だ、ご飯だ、なんだかんだとみいちゃん中心に我が家の生活は回っていましたから、本当はみいちゃん最優先してた分、他にやらなければならないことはたくさんあったんだけど、でも、もう何にもすることがなくなったような虚脱感。

主人を送り出した後、みいちゃんの傍に座っていると、急に寂しさがぐ~っとこみ上げてきて・・・。
みいちゃんを見てると、ただそこで寝ているだけみたいに見えました。
今にも目をさまして、「ワニャ~」となき出しそうでした。

気を取り直して、みいちゃんが神様に導かれて光の国にきちんと帰れるようお祈りをしました。

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2011年11月24日 たまたま失敗した写真ですが、こんな感じで出て行くのかな・・・?

昨晩から水分が漏れていましたが、ふと見ると、少しですがまだおしりの辺りが濡れていました。
多少の匂いがあったのと、ジェル状の薬を上げていたせいで口の周りにちょっと茶色いシミがついていたので、これでは、お空に帰ってみいちゃんが恥ずかしい思いをするかもしれないと思い、思い立ってみいちゃんを綺麗に拭いてあげることにしました。
花の香りの石鹸をタオルにつけ、「みいちゃん、きれきれするよ~。天国に綺麗になって帰ろうね~」とか話しかけながら体全部を拭いてあげていたら、なんだかだんだん気持ちが落ち着いてきました。
みいちゃんを綺麗にしていることが、楽しくさえありました。
ドライヤーをかけ、ブラッシングしたら、美人のみいちゃんが復活しました。
「うん、これでどこに行っても大丈夫!」

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2009年1月18日

これ、お昼頃していたのですが、その時は実はちょっと死後硬直があり、手足はがちがちで棒のように硬くなっていました。
帰ってきた主人が、「まだ魂が入っているんだね」と言っていましたが私もそう思っていました。
目を見ると、まだそこにいるような感じがしていましたから。

その後、みいちゃんをベージュのバスタオルでくるみ、可愛いピンクのタオルをかけて、静かな部屋で休ませました。
寂しかったですけど、そこに行くとまだみいちゃんが居てくれる・・・。
それは、苦しも痛くもないみいちゃんなので、私も何故か気持ちは安らいでいました。
硬直も夜までには取れ、主人は、「さすがみいちゃん、悟ってる!もう、魂出たんだね」って言ってました。
それでも、その日はまだその辺にいるなぁという感じはずっとしてました。

続く・・・。


みいちゃんとの最後の日々3 感謝
2011年12月15日 (木) | 編集 |
非常に辛い一夜でしたが、でもこうして私はみいちゃんを無事に看取ることができたのでした。
本当によかった。

私の祈りは・・・。
もちろん、みいちゃんが長生きしてくれることでしたが、すごく具合が悪い時に、執着を断って全てをお任せしようと決めてからは、みいちゃんが穏やかに残りの日々を過ごせること、そして、寂しい思いをすることがないように必ず看取らせて下さい、と神様にお願いしていました。

これは結果論ではありますが、もし前日にK先生があそこまで強く厳しい選択を私たちに迫っていなければ、この日も私はみいちゃんとは別々に寝ていた訳で。
そうすると、みいちゃんがお空に還った時間には私はきっとみいちゃんと離れたところで眠っていたでしょうから、みいちゃんをきちんとお見送りすることができなかったかもしれません。
そして、もっともっと悲しい思いをしたかもしれません。

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2011年10月31日 体重が落ち始めた頃。ちっちゃくなって、子猫みたい・・・。

そして、もう一つ不思議な事があったのです。
みいちゃんが逝った時刻は5時10分です。
この数日前に、私はひょんなことから、今まで一度もなかったことでしたが、目覚まし時計を落としてしまい、そのはずみで電池が抜け、時計は止まってしまいました。
特に必要でもなかったので私はその時計をそのままにしていたのですが、見送った日の午後に「そろそろ直そうかなぁ」と時計を拾い上げて、見てびっくり。
なんと、ぴったり5時10分を指しているではありませんか。
時計を落とすような状況になったのも、みいちゃんのためでした。
時計が置いてあった台の上で寝たそうにしたことが一度だけあったので、場所を広くしてあげようと時計をずらしていたのです。

偶然と言えば偶然かもしれませんが、私の計算が正しければ、時計の針が、特定のある時刻を指すのは、60分x12時間で、確立は720分の1になります。
前にも書きましたが、お空に還る時期をみいちゃんと神様で決めてあったとしたら、みいちゃんはさりげなくその時刻を教えてくれていたのかもしれません。

そう考えると、K先生が担当だったことも、彼女の言葉も、私が無理やり一緒に寝たことも、全てが必然で、私の祈りを叶えてくれるためのものであったとしか思えませんでした。
見えない愛の力に導かれていたとしか思えません。
ですから、前日は鬼のように見えたK先生にも感謝の思いが沸いてきて、彼女もどんなに辛い思いで私たちにあんな嫌なことを言ったのか、彼女の気持ちも理解できたような気がしました。
心を鬼にしてみいちゃんのために言ってくれていたのだと思います。
安楽死の問題は深いのでちょっと置いておきますが、厳しさの中にも大きな愛があるのだと思います。

あと、もう一つ。
みいちゃんは、もう本当にお空に還って自由にのんびりしたかったのかもしれない。
何故かというと、私も主人も、みいちゃんの気配みたいなものを全く感じられないのです。
最初の1日は感じてました。
でも、2日目以降は空気が薄いというか何と言うか、「みいちゃん、いないねぇ」という感じ。
もう、す~って、「バイバ~イ」って還っちゃったのかもしれない。
あっちで幸せならそれでもいいけど・・・。

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2001年7月22日

たまには夢にでも出てきてほしいなぁ、みいちゃん。

続く・・・。

みいちゃんとの最後の日々2 愛
2011年12月14日 (水) | 編集 |
この日は、痛み止めも打たれたので、みいちゃんはいつにも増して朦朧としていました。
具合悪くなってから、お気に入りの場所が何故かお風呂場になっていて、冷たいタイルの上で寝るのが習慣になっていました。
昔は、いつも寝室で一緒に寝ていたので、毎日一応ベッドに連れて来てはみたのですが、すぐにお風呂場に戻っていってしまいます。
移動もしんどそうなので、本当に私は寂しかったんですが、みいちゃんの好きな場所で寝かせていました。

でも、今日はどうしても一緒に寝たい!
ベッドだと、もし動きたいときに降りるのも大変かと思い、別の部屋に布団を敷きました。
夜になるまではみいちゃんの好きな所にいてもらいましたが、寝るときは、キャリーの下の部分をみいちゃん用のベッドにして、布団の横に一緒に寝かせました。
多分、痛み止めの中に睡眠薬とかも入っていたのではないかと思いますが、最初のうちは大きないびきをかいて寝ていました。
寝ていると思うだけで安心でした。

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夜中もずっと電気をつけ、優しい音楽を流し、安らかな時間を創るよう心がけました。
私は眠くはあったのですが、やはり眠れず、時々みいちゃんをさすっては、私も朦朧となりながら夜中中みいちゃんを見ていました。
もう動けないので、体に残った水分が勝手に漏れています。
冷たいといけないので、タオルを取ってきて、おしりの下にしいてあげました。
ネコのおしっこって普通はすごく臭いんですが、腎臓を患っているネコちゃんのは、毒を出せないのでほとんど匂いがありません。
もちろんみいちゃんもそうでした。
それがなんだかとっても悔しくて・・・。

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夜も深まった頃、みいちゃんが急に「あ~」「あ~」と今まで聞いたことのない奇声を3回ほどあげました。
「みいちゃん、大丈夫かい。苦しいの?ママここにいるよ」と言って、体をさすっていました。
薬が切れてきたのかと思っていました。
私の全く知らない声だったので、なんだかみいちゃんがどこか別の世界に行ってしまうような気がして、胸が押しつぶされそうでした。

その後は、息もだんだん苦しそうになり、さっきまでのいびきとは明らかに違う苦しそうな音をたてて呼吸をしていました。
私も起き上がって、なでてあげながら、心の中でずっとみいちゃんに話しかけていました。
「大丈夫だよ、大丈夫だよ。ママ、いるから」
そんな時間が少し過ぎた後・・・。

急にみいちゃんが、少し顔をあげて、「エッ」「エッ」と吐く前のような苦しそうな動作を始めるんです。
あれっ、吐きたいのかな、苦しいのかな。
5回くらいそれを繰り返したでしょうか。
キャリーのスペースでは狭くて吐きにくいと思い、横にもう一つタオルを敷いて、そこに移動させようと持ち上げた瞬間・・・。
みいちゃんの頭ががくんと垂れてしまいました。

「えっ・・・。」

信じたくありませんでしたが、息をしていません。
体の動きが止まっているのです・・・。

「えっ、うそだ・・・」

俄かに状況が把握できませんでした。

すぐに、寝室で寝ていた主人を起こし連れて来ました。
やっぱり、息・・・、していません・・・。

また、涙がポロポロポロポロこぼれてきました。

まだ事実を受け入れることができず、主人と二人でしばらくみいちゃんをなでていました。
ただ、不思議な時間が流れていました。
なんとも言えない神聖な時間が。
みいちゃんが、この世での人生を全うして、使命を果たしてまたお空に還っていった・・・。
時間は、朝の5時10分頃でした。
この時間帯は、私のとっては朝の天使の時間なのです。
外には静けさが漂い、まだ薄暗く、この空間は本当に荘厳な感じでした。
優しく温かい時間でした。
時が止まっているようでもありました。
悲しみもありましたが、それよりも、本当にみいちゃんへの感謝の想いと愛しさが溢れてきました。
そして、みいちゃんが、さっきまでの苦しみから解放されたことへの安堵感もありました。

「みいちゃん、本当にお疲れ様。そして、本当にありがとう・・・」

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2004年1月7日

続く・・・。



みいちゃんとの最後の日々1 祈り
2011年12月13日 (火) | 編集 |
みいちゃんがお空に帰ってから1週間が経とうとしています。
みいちゃんにとにかく一番感謝したいことは、自然に息を引き取ってくれたこと・・・。

最後の1週間、風邪をひかせてしまったので毎日治療に通っていました。
風邪をひいてから、抗生物質を打っていたせいなのか何なのか、一瞬食欲が戻り体重も増えましたが、体力的にはみいちゃんはもう限界でした。
ほとんどまっすぐ歩けず、よろよろと不安定な歩き方をし、ほんの20センチくらいの高さの台にも上れずに、そのまま斜めに座り込んでいたり、トイレに入ったはいいけれど、やはりそのままトイレの中に座り込んでいたり、とにかく引力に逆らえず、いつも、床にべったりと座っていました。
水を飲もうとしても力がないのか、お水入れに口をつけたまま動けなかったり、本当に見ていて胸が痛くなりました。
最後の2~3日はまた食欲が落ちましたが、それでも、私がキッチンに行くと一緒にくるのです。
小さく小さくなってしまった体で頑張って食べようとするのですが、口にできるのはスープ状のごはんを2回くらいなめるだけでした。
本当にいじらしく健気な姿に涙がこぼれました。

風邪の5回目の治療に行った12月6日は、その前の夜から何も食べられなくなっていて、ごはんを近づけても顔を横に向けられるというような状況でした。
この日のお医者さんはKさんでした。
この病院はクリニックなので、5人の先生がいるのですが、Kさんは中でも一番冷静で現実的な方だったかもしれません。
久しぶりにKさんが担当だったのですが、みいちゃんが食べらないこと、元気がないこと、便秘をしていることなどを伝えるとちょっと顔が曇り、「血液検査をしましょう」ということになり、血を採ることになりましたが、みいちゃんの細くなってしまった腕からは、血はなかなか出てきませんでした(涙)。
3箇所くらい刺してやっと少し採血でき、それを機械で調べていました。
すごく嫌な時間でした。

「クレアチニンの数値が高いです。尿素窒素は値が高すぎて測れません」
「・・・。」
「すごく苦しいはずです。これ以上生かしておくのは可哀相だから、安楽死を考えてください」
「えっ・・・。」

そんなこと考えてもいませんでした。
何?あなた何を言ってるの?
一瞬、彼女が何を言っているのか本当に分かりませんでした。

「もう痛みも出ているはずだし、すごく気分も悪くて、苦しいのよ。
本当に愛しているなら、決断してください」

鬼かと思いました。
この人、頭おかしいと思いました。

「あっ、でも、私たちまだ心の準備できていませんから・・・。」
「そんな問題じゃないの。
ネコは頑張りやさんだから、この苦しいまま、まだ何日か頑張るわよ。
それでもいいの?」

彼女の言葉を聞きながら、涙がポロポロポロポロこぼれてきました。
主人も泣いているようでした。
 
そんなことできる訳ないじゃない・・・。

彼女はでも執拗に勧めてきました。
私たちが決められないでいることに怒ってさえいるようでした。

「遅くとも明日ですからね。それとも今日にする?」

遅くとも・・・って・・・・・
どういうこと?

この時点で私はもうぼろぼろで、そして、ただ一つ「痛みがあって苦しい」という言葉にだけ心が揺れて、
「どうしてもというなら、せめて明日にさせて下さい・・・」
ということで、ほぼ強制的にアポを取らされてしまいました。

こんな急にお別れがくるなんて・・・。
でも、家に戻ってもキャリーから出てくる元気もないみいちゃんを見て、彼女の「苦しい」という言葉が心に響いてきました。
尿毒症が進み、もう毒を排出できないのと、私は便秘が続いているだけと思いたかったけど、多分もう腸管の腫瘍が大きくなり、便も出せなくなっていたのだと思います。

本当に胸が張り裂けそうでしたが、みいちゃんが苦しみと痛みから解放されるなら・・・、と自分に言い聞かせ、でも、明日になって元気になってたら断ろうとか色んなこと考えながら、みいちゃんと最後の夜を過ごそうと決めました。

続く・・・。

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10月22日のみいちゃん。私の机の上、PCの横で。
まだ体重も3,7キロありました。
最後に測った体重は2,65キロでした。

追記
実はこちらでは、安楽死は結構常識なのです。
私のお友達も何人か愛猫を失いましたが、全部が注射でした。
私は安楽死は絶対に嫌でした。
きちんと寿命を自分で全うしてほしいと思っていました。
Kさんの言葉に同意したことにずっと後悔していましたが、でも実は彼女のこの一言は私の祈りを成就させるためのものだったのです・・・。

お見送り
2011年12月09日 (金) | 編集 |
今日、朝の8時頃、みいちゃんの体も神様にお返しして来ました。
火葬場に着いて、担当の方が私の手からみいちゃんを受け取り、手順を説明してすぐにみいちゃんを運んでいってしまいました。
「えっ!まだきちんとお別れしてないよ!」
ちょっとパニックになって急いでその方を追いかけ、もう一度戻ってきていただいて、主人と二人しっかりとみいちゃんをなでなでして、「みいちゃん、行ってらっしゃい。天国で幸せに暮らしてね」と声をかけて送り出しました。
90分ほどして、みいちゃんは可愛いつぼに入って戻ってきました。

家に着いて、みいちゃんを我が家で一番神聖な場所に安置してしばらく眺めているうちに、だんだん胸が苦しくなってきて、お腹の辺りがギューっと締め付けられるような寂しさがどっと押し寄せてきて、思わず、「寂しいよ~!」と叫んでしまいました。
その後は涙が止まらなくなり、みいちゃんの前でずっと泣いてしまいました。
もうどこにもいない。
姿がない。

一人で逝っちゃって、みいちゃんのバカ!
・・・・・・・・・・。
・・・違う、ママが悪いんだ。
早く発見してあげられなくて。
苦しい思いをさせて本当にごめんね。

なんだか、色んな想いが交錯して心のコントロールが全くできなくなってしまいました。
みいちゃん、ごめん。
ママ、今日駄目だ。
ごめんね。
今日は悲しませて。
明日からまた頑張るから・・・。

みぃちゃん、旅立ち。
2011年12月08日 (木) | 編集 |
12月7日、明け方の5時10分頃、みいちゃんはお空に帰っていきました。
13歳と8ヶ月でした。

最後までよく頑張ってくれました。
本当に心からみいちゃんにありがとうと言いたいです。

今は、感謝と愛おしさと楽しい思い出ばかりが溢れてきます。
優しい神聖な時間が流れています。

今は、まだみいちゃんの体はここにいてくれているし、あまり現実味がなく、時おり、抑えられないくらいの寂しい思いも出てくるのですが、もう半分は、みいちゃんが痛みと苦しみから解放されたことにほっとしているのが正直な想いです。

また少し落ち着いたら、みいちゃんのこといっぱい書きたいと思います。

みいちゃん、うちの子になってくれて本当にありがとう。
本当に幸せでした。

みぃちゃん、その後。
2011年11月28日 (月) | 編集 |
12月3日追記

拍手コメントくださった皆様、ありがとうございます。
皆様の温かいお気持ちに本当に救われる思いで涙がでました。
みいちゃんも喜んでいると思います。
また、ゆっくりお礼がてらお邪魔させていただきますね。
みいちゃんは、毎日一生懸命頑張っています。
先週水曜日くらいから、水遊びのさせすぎか、風邪をひかせてしまいまして・・・。
今また病院通いで、抗生物質を打たれてます。
ただ、それが功をそうしているのか、2,75kgまで落ちた体重が、今日は2,8kgにまた増えました!



みいちゃんの発病が発覚してからそろそろ3ヶ月近く経とうとしています。
この間長かったようですごく短かった。
毎日、生活がみいちゃん中心にまわっています。

最初9月の初めに病気が分かったときの体重は4,03kgでした(去年の11月は5kg以上ありました)。
その後体重が減り、9月の20日までに3,70kgまでに落ち込んだのですが、その後1ヶ月間は非常に調子がよく、この体重をずっとキープし、一時は100g増えたこともありました。
お医者さんに、「腫瘍患者が太ったの?」と驚かれるほどでした。

ところが、10月26日に3,60kgに減ってからは、毎回うそのように減り始め、今日の測定では初めて3kgをきってしまいました・・・。
すごくショックでした。

DSC_0009.jpg
(鼻の頭がちょっと黒いのは、お薬の活性炭です)

最初の診断では腎不全と言われましたが、その後、病院を代え再検査して判明したのは、結局、元々の病気はリンパ腫という腫瘍の病気で、その腫瘍が腎臓にもできていたので腎不全の症状も出ていたのでした。
腸壁にもできているので、ここの腫瘍が大きくなって食べ物が通らなくなったら終わりです、と言われた時は本当に悲しくて悲しくて・・・。
とにかく吐くことが一番怖かったのですが、数回は苦しそうに吐いたこともありましたが本当に稀で、みいちゃんはなんとか元気に頑張ってくれています。

毎日症状も様々で、食欲があったりなかったり、調子良さそうだったりぐったりしてたり。
その度に主人も私も一喜一憂し、泣いたり喜んだり・・・。
とにかく、ご飯を食べてくれた、おしっこが出た、○んちが出た、と言っては大喜びし、その逆の状態だと涙涙で・・・。

最初はとにかく治したい、長生きしてほしいという一心で接していました。
可能なことは全てやりました(まだあるのかもしれないけど)。
でも、現実は、みいちゃんは確実に衰弱していっています。
先週末は新しくでたお薬が原因なのか、何も食べることができなくなり、歩くこともままならずぐったりの状態が3日ほど続きました。
正直、もう駄目だと思い、覚悟を決めました。
その時考えたことは、もう執着を断って、全てを神様の手に委ねようということでした。

もちろん、一日でも長生きしてほしい、一日でも一緒にいてほしい。
でも、それは私の思いであって、みいちゃんもそう思っているのかどうかは分からない。
みいちゃんにはみいちゃんの人生(猫生?)の計画があるのかもしれない。
みいちゃんはお薬を飲むのをすごく嫌がります。
飲ませようとする気配を感じるだけで体力を振り絞って高いタンスの上まで逃げたりします。

DSC_0003.jpg
(こんな感じです)

一度、どんな味なんだろうと全部の薬をちょこっとなめてみたら、ほとんどは苦く、一つの薬はとびきり苦くって、少ししかなめてないのに、ずっと苦みが残るんです。
あ~、こんな苦い薬毎日飲んでそりゃぁ嫌だよね・・、と本当に可哀想になってしまって・・・。
病院に行くのだって苦痛のはずです。
そこまでして延命させるのって本当に正しいのだろうか・・・?
本当にこんな疑問がわいてきてしまいました。

ペットといえども、尊い一つの命です。
この一つの命を一時期神様からお預かりして、本当に幸せな時間を一緒に過ごさせてもらえて、感謝の想いでいっぱいです。
そして、いつかはまた神様にお返ししなくてはいけない・・・。
その時期は、きっとみいちゃんと神様で決めているはずだから、もう、本当に私の執着は捨てて、全てをお任せしよう、って思いました。
そうすると、私の気持ちも少しす~っと楽になり、なんだかとっても神聖な気持ちになりました。
命の重さ、命の尊さ。
大きい、小さいの問題ではなくて、みんな何か意味があって生まれてきて、人生を全うしてまた神様の元に帰っていくんだなぁ・・・。
私はみいちゃんと出会えて本当に本当に幸せでした。
ネコを飼っている方は皆さんそれぞれにそう思っていらっしゃると思いますが、本当に世界一可愛いと思ってます(バカ・・・)。
みいちゃんは、不思議と人間の気持ちが理解できるようなネコでした。

そんなこんな色んな想いを抱えて、「これが最後かもしれない」と思いながらも先週の月曜日に一応病院に行き、状況を詳しく話して点滴を打っていただきました。
すると!
なんとまた奇跡的に元気を取り戻してくれて、その日からまたご飯が食べられるようになりました!
バンザイ!

DSC_0051.jpg
(みいちゃん、子猫の頃から水遊びが大好きでした。
なんだかまた童心にかえったような顔をしてビショビショになりながら無心に遊んでいました。
カワイイ♪)

今は(先週食べられなくなってから)、体に優しく、みいちゃんがストレスないお薬だけを与えています。
だって、7種類ものお薬がでているんです。
腎臓サポートする薬、腫瘍の発育を抑える薬、細胞に新鮮な空気を与える薬、血圧を下げる薬、胃薬、栄養剤などなど。
どれももっともだけど・・・。
お医者さんも良かれと思ってどんどん新しい薬をくれるのだと思うけど、そんなにたくさん、この小さい体でどうやって消化できるのか・・・。
薬づけになっちゃう。
最後は食欲出すために抗うつ剤まで出て・・・。
そしてこれ飲んでみいちゃんすごく具合悪くなった。
もういいです。本当に、もういい・・・。
そこまでしなくても。
それでも元気だし。
自然に生きていてほしい・・。

あと毎日、「ありがとう、いい子だね、頑張ってるね、大好きだよ」などという言葉や想いをかけながらのなでなでとお祈りを治療と思ってしています。
もう、骨を撫でているようなものなんですが・・・。
それでも、昨日は病院で「毛並みが綺麗ですね」ってほめてもらいました。

それから、日々、頑張っているみいちゃんと、みいちゃんのために頑張ってくれてる内臓や細胞や血液と、そして今日もまた一日命をお与え下さった神様に感謝の想いを捧げています。

最初に書いたとおり、体重の減少は止まっていません。
あとどれくらい一緒にいさせてもらえるのかは神様だけが知っていると思いますが、その貴重な日々を、みいちゃんが穏やかに安らかに幸せに生きられるように優しい時間を過ごしていきたいと思っています。
一日一日を大切に・・・。

みいちゃん大好き。
本当にありがとう。

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(2年ほど前の元気な頃のみいちゃん)

みぃちゃん。
2011年09月26日 (月) | 編集 |
久しぶりの更新です。
RIMG0048.jpg

今日は、みぃちゃんのお話しを少し・・・。
夏ぐらいから何か少し痩せ始めたみいちゃん。
気になったので9月の初めに病院で血液検査を受けました。
結果は腎不全・・・。
腎臓の3/4は機能していないのだそうです。
完治はできず、進行を遅らせることしかできません。
獣医さんは、治療をすればまだ数年は生きられるだろうと言ってくれました。
去年の定期健診の時に計った体重から1キロ以上も痩せていました(人間だと10キロ)。
だっこしても、フワッという感じで重量感がありません。
普段の生活では普通に元気だったので、早期発見してあげられず、自分を責める気持ちがすごく出てきました。
本当に悔しいけれど・・・、後ろを向いても仕方がないので、家族みんなで、この病気と闘っていくつもりです。

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獣医さんが言うには、週に1回の点滴を3回続けてあとは様子を見ようということだったのですが、自分でもインターネットに向かって一日かけて調べたところ、どう考えても治療の回数が少ないのです。
それに、病院に行ってから益々元気がなくなってしまい、ほとんどご飯を食べない状態になり、体重も行くたびに100g位ずつ減っていったので心配になり、思い切って病院を代えました。
そこでは、ウルトラシャールなども使って丁寧に調べてくれたのですが、腫瘍があるかもしれないということで、検査専門の特別病院に送られました。
またそこで検査を受けたところ、腎不全だけではなく、リンパ腫という腫瘍もできているとのことでした・・・。
もう、その日は悲しくて悲しくて・・・。
初めて会うお医者さんだったのに、その方を顔を見ただけで泣けてきて・・・。
家に帰ってからは、みぃちゃんは最高に調子悪かったです。
歩くこともままならず、フラフラし、数歩、歩いてはぐったり、という感じでした。

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元気なみぃちゃんの姿が思い出され、たまらない気持ちになりました。
「もう、昔みたいなみいちゃんには戻らないのかな・・・。」

DSC_0069.jpg

ところが、この後また無事に元気を取り戻してくれ、数日前からまたご飯をしっかり食べてくれるようになりました。
バンザイ!
今は、ご飯を食べてくれるだけで幸せを感じています。

生きようと頑張っているみぃちゃん。
偉いです!すごいです!
しんどいと思うけど、必死で頑張っています。
生きようとしています。
みいちゃんの姿から学ばされることいっぱい。
ありがとう、みぃちゃん。

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人間だったら意志を伝えられるから分かるけど、動物はその気持ちや状態を汲み取って、一番してほしいことをしてあげなくてはならないから、愛を与える勉強にもなっています。
こうして、お世話させてもらえることも幸せなのかもしれない。
何か、私たちにメッセージをくれているんだね、みぃちゃん。
きっと、今まで私の愛情が足りなかったのかもしれないね。
ごめんね。
だって、今もずっとお膝の上にいるものね。

今まで以上にいっぱい甘えていいからさ、長生きしようね。
小さな命、大切に生きていこうね。
みぃちゃん、だ~い好きだよ。


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